『ネクスト・ロック・ゲート』
続・昔に戻りたい!?
掲載:2016/4/4 11:25
わたくし、「昔に戻りたい」とは基本的に思わない人です。
基本ということは例外もあるということで、2005年の12月8日になら戻ってみたいです。要するに、AKB48劇場のグランドオープンですね。
3月にNGT48劇場の公演に当選した際、2005年の12月中旬にAKB48劇場に行ってからずっと追いかけているという古参の大オタが話しかけて来てくれて、メディアに載ってないような黎明期の話を色々聞いたんですが、これがまあすごい。
2014年の5月に岩手で起きた『握手会襲撃事件』以降、終演後お見送りでのハイタッチは取りやめになってるんですが、当時はハイタッチどころじゃありません。公演が終わると、メンバーがステージから降りて来て話をしてくれたんだそうです。
古参大オタの彼は、「まいまい(大島麻衣)可愛いなー。人多いなー。順番来ないなー」と大島麻衣と話をするべく待っていたらしいんですが、そんな彼に「今日はどうして来てくれたんですか?」と話しかけて来た手持無沙汰のメンバーがおり、それが何と前田敦子だったんだとか。
いいなあ、オレもこんな目に遭ってみてええーっ!
今の目で昔のAKB48を見ると、前田敦子が可愛くて仕方ありません。間違いなく、あっちゃん推しになったと思います。
しかもね、それがあったということだけは知っている、翌年の『AKB48メンバーと行く浅草花やしきツアー』など、4~5人のファンにメンバーが1人つく形で、がっつき放題・写真も撮り放題だったつーんだから、何じゃそりゃーですよ。
『AKB48と行く慰安旅行 1泊2日苗場バスツアー』@38,000円は定員割れだったそうですが、AKB48とお泊りとか今じゃ無理だろ、何じゃそりゃー。
つくづく思います。秋元先生は国民的アイドルになると予想してAKB48を立ち上げたんだろうか? どう考えても、当時は地下アイドルのプロデュースを面白がってただけじゃないかと思うのだが――?
AKB48公式10年史『涙は句読点』
ともあれ、そのエンターテインメント性がウケて「国民的アイドル」と呼ばれるようになり、国内あちこちに姉妹グループができ、海外にも姉妹グループを作って大きくなって行く様は娯楽産業のモデルとして注目すべき点が多々あります。
だって、日本は少子化。内需産業は凋落するのが定め。輸出できる産業にならねば先が見えているわけですよ。しかし、法や規則の隙をつくことを「おかしい」と思わない産業を受け入れる国があるのか――?
昨年末。フィリピンにパチンコホールがオープンしました。これは「ゲームセンター」としてフィリピン行政から認可され、ダイナム.J.Hとの合併で話題になった夢コーポレーションの松田泰秀元会長の個人会社「ピーコス」と現地法人により共同で運営されております。店舗近隣には、客が遊技の結果得た景品を買い取る古物商(質屋)もあるようです。
こうした流れを踏まえると、法や規則の隙をついてどんな遊技機が作れるかという方向に業界の意識を牽引するメディア関係者って何なんだろうと思ってしまいます。フィリピン以外の国にも輸出できるように業界を牽引せねばならないんじゃないだろうか――?
法や規則の隙をつき、射幸性の高い遊技機や業態を考え、金を集めた昔になど戻れやしないのだよ。
正直、AKB48は「国民的」と言われるほど売れなくても、「何じゃそりゃー」と言いたくなる怪しげな地下アイドルでいてくれて良かった気がするんだけどね。
うん、そういう意味では「昔に戻りたい」という人の気持ちも理解できるかも――。