『ネクスト・ロック・ゲート』
百花繚乱、偶像と実存
掲載:2014/6/14 12:35
ずーっと、女の事を考えていた。それも、10代半ばくらいの少女たちの事を――。
こんな事を考え始めたのは、アイドルのスキャンダル報道に嘆いたり憤ったりするドルオタにとって、アイドルとはルックスと処女である事が全てなのだろうかと思ってしまったからだ。
でも、これはある意味正しい。だって、自分が未だ出会えぬ彼女や伴侶に対する理想像、あるいは自分自身、および自らの彼女や伴侶が所有していないものや失ってしまったものを彼女たちに求めているのだとしたら、アイドル(偶像)とはよく言ったものだと思う。
ちなみに、自分がAKB48に求めているのは、少女たちの「実存」である。
彼女たちは10代前半にして心理学者マズローの述べる人間の5段階の欲求の内、高次の4段階目「承認(尊重)の欲求」あるいは、5段階目「自己実現の欲求」に進んでしまったわけで、そんな子たちがパフォーマンスを通じて自分を表現し、Google+やブログを用いて思考を発信し続けているのだから、これほど興味深いものはない。
いい年こいて、他者からの尊敬・注目・利権によって満たす事ができる、低次の「承認(尊重)の欲求」に憑りつかれてる連中が集まってる所もあるけどね。
まともな文章も書けないくせにライターを名乗り、一般メディアじゃ雛壇にも座らせてもらえないのにタレント気取り。そして、してもいないのに「取材」の名の元にあちこちのホールを回って荒稼ぎする奴らが――!
すいません、脱線しました。ともあれ、昨日は
百花繚乱サムライガールズM5AX(1/256)という自分としてはかなり珍しい台を打ってたんですが、こんな事を考えつつ打っていたおかげで、長年の謎だった二次元に傾倒する人達は平面少女に何を求めているのかが分かった気がします。
百花繚乱サムライガールズ ヘソ周辺
ホールは『八重の桜』の地域のS店で、芸人来店日。
出玉関係はデータ機器を見る限り表記より10.4%も削られてますが、回転率は22.9G/1k。
打ち方によっては玉減りを抑えられるかもしれないと思い実践に至ったものの、想像を絶するつまらなさに446G回してハマリヤメしました。
ギミックは稚拙だわ、潜伏を示唆するゾーンではランクアップで潜確期待度を上げる工夫もないわ、刀だの槍を持ったねーちゃんがくるくる回っているだけの真正クソ台。
しかも、そのねーちゃんが槍を股の間にはさんだり、思わせぶりなエロい一言を吐くものだから、イライラは最高潮。
実体があったらひっぱたいとるわ! ――と思ったら、何か合点が行ってしまった。
こんなねーちゃん、現実にはいないもんね。
どんなエロい言動・行動を取ろうと実体はないので、スキャンダルで突如、偶像から実存に変わって落胆する事もない。
ちなみに、30代、40代の男性が少女にファンタジーを持つのは自分自身の中に解決されていない少年性がわだかまっているからで、精神疾患 = ペドフィリアではありません。
日本ではその同義語としてロリコンが使われますが、そもそもロリコンとペドフィリアは別のもの。
精神疾患 = ペドフィリアとされるのは、13歳以下の少女を性行為の対象とした場合だけなのだ。
おそらく25年前、東京・埼玉で宮崎勤がとんでもない事件を起こし、マスコミが「おたく」という概念をクローズアップした辺りからロリコンを侮蔑語として使用する傾向が高まったのではないかと思う。
調べてみたら、「おたく(後に、オタク)」の名付け親であり、AKB論客でもある評論家の中森明夫が、この時のオタク = 犯罪者という図式の恣意的な偏向報道を批判する論陣を張っているのだが、この人、事件が起きる6年前に著したコラムの中で「おたくは本質的にロリコン」と評してるんだよね。
ガンダムファンやカリオストロファンの異様さをあげつらった事で読者の猛反発を買い、雑誌編集部も「おたく」を差別用語として連載を打ち切った『「おたく」の研究』がそれ。
当時のマスコミが恣意的な偏向報道に至る種は自分で蒔いてるんじゃねーか、と――。
なお、中森明夫によると、本質的にロリコンであるオタクは生身のアイドル少女に執着するものと、漫画やアニメの創作キャラクターに執着するグループに分けられるのだそうな……ふはは、そーですか。
何かとんでもない方向に話がふっ飛んで行くので、この日の稼働はまた改めて書きますね。
力尽きて更新を休んでしまった日を含め、結構、考えてしまうホール状況でした。
一日累計
-45.107k也。