『原始、人はそれをボインと呼んだ』
戦慄のピクニック
掲載:2011/7/18 20:40
女子W杯優勝の話題で持ちきりですが、私は唐突に日韓W杯の年の夏休みを思い出しました。
9年前。
当時の私は剃刀。
その姿はまるで、たま出版の韮沢氏を舌鋒鋭く糾弾する松尾貴史氏。
いくらそれが諍いの種になることを分かっていても、人の嘘や矛盾を追及せずにいられませんでした。
これはそんな自分の性格を改めるきっかけとなった、ある出来事の話です。
※ご注意とお願い。
以下に展開される話に、為になる部分一切ありません!
どうぞ便座にお座りいただき、出待ちの空白タイムをご用意の上、ご覧下さい。
【戦慄のピクニック】
2002年、夏。
県内にそびえる連峰の裾野に広がった樹海。
その深部…。
鬱蒼と生い茂る草木の中を、泥と汗にまみれながら切れないナタを振り回して進む3人の若者。
鎧…ランボー気取り
S…高木ブー似の医大生
K…元ヤンの自称ジェダイ
先頭を進む私の背後でブーとリーゼントが、
「もう戻れないだろオイ!」
「どこまで行くんだオラ!」
など、ユニゾンで暴言を浴びせかけてきます。
しかし、そんなものは『藤岡弘、モード』になっている私の耳には小鳥のさえずり程度にしか聞こえません。
獣除けに腰から下げているカセットレコーダーから、『ランボー2』と『藤岡弘、探検隊シリーズ』のBGMが大音量で流れています。
頭上を見上げると、木々の隙間から青空が覗いています。
あ~。
なんていい天気。
私はうっとりと目を細め、ナタを振るう腕に一層の力をこめます。
…そもそも、なぜ我々3人はこの樹海へ挑むことになったのか。
~~前日の夜~~
キャバクラ嬢達との合コンにて。
嬢「男の人に必要なモノって何?」
S「…ナイフかな」
K「ナイフ一本で生きていけるよ」
嬢全員「すごーい!!」
鎧「…ぷっ」
~~~~~
以上のやり取りがありました。
かねてより、合コン時に発せられるSとKの丘サーファーじみた虚言に不満を抱いていた私。
やれ「俺の担当の美容師の兄貴って〇〇(有名人)のスタイリスト写メあるよ!」
やれ「俺の先輩とか通うクラブに芸人来てるらしいよ写メ見せる?」
相手の関心を煽る為、いつも『、』無しでまくし立てます。
いま思うと若さという言葉で済まされるものでしょうが…。
ともかく、
『ナイフ一本で』
という言葉に例の追及欲がムラムラと湧き上がった私は、SとKにチキンレースを仕掛けたのです。
さすがにナイフ一本は無理…と云いたげな、それとな~い牽制に合ったので、ここは譲歩します。
結局、
『出来る限りの軽装』
という条件になりました。ただし、場所の難易度は上げて遭難必至の樹海に変更。
これが、我々が進む理由です。
ちなみに私は山育ちの父(ジモン級)の教育によって、山での過ごし方の心得があります。
料理は最悪ですが、鳥やウサギくらいなら捕らえて捌けます。
―さて、進むこと4時間あまり…。
直線にすると疲労感ほどの距離は進んでいませんが、なんとか渓流の見える目的地の野原に辿り着きました。
到着するなり、草木と虫でかぶれた脚を投げ出してヘタり込む運動不足の高木ブーS…。
朝、迎えに行って彼を見た瞬間からこうなる事を予想してました。
紐付きのハットを被り、ミリタリー風の半袖とカーゴ短パンをベージュで統一するという、まるで『仁くん人形』のような出で立ちで現れたS。
サバンナへ行くつもりだったのか…?
脱落者たる彼には水と薬を与えます。
さすがに元気な元ヤンのKには竿を預けて魚釣りを頼みます。
余談ながらスターウォーズ大好きなKは、後に映画監督を目指すも2週間で電撃挫折。
家業の電気店を蹴り、なぜか漁師になりました。
一方、私は食料調達のためウサギ用の罠とパチンコを手に、もう一度樹海の中へ戻ります。
入って罠を仕掛けているとパチンコ玉を忘れたことに気付き、バッグを置いてきた野原へ戻ることにしました。
向こうの野原にいる2人の様子を窺うと、相変わらずブーはへばっていて、川辺ではジェダイが悠然と釣糸を垂らしています。
…。
そのKから20mほど横。
…。
森の熊さんが1頭…。
!!!!
凍りつく私。
野生の熊は実は大変な瞬足で、20m程度は熊レンジ。
獣除けのカセットレコーダーは絶対消すなって言ったろ!
ていうかウトウトするなっK!臭いで気付けぇえ!!
いくらそう思っても、もしここから危険を叫べばかえって熊への刺激になり、SもKも襲われてしまいます。
凶暴な子連れならまず間違いなし。
つまらないキッカケで不慣れな2人を連れ出し、危険な目に遭わせてしまった後悔。
熊に引き裂かれる最悪な状況を想像する恐怖。
何を考えようと、もはや息を殺して傍観するより他ありません…。
ジェダイの騎士K
vs
野生の熊
★★★★★
ギョワギョワ
ギョワギョワ
……
キーン!!△
などとエンブレムが完成する訳もなく、最悪の事態へ向かって時は流れていきます。
10分か20分か。
私には何時間にも感じられたその時、奇跡が起きました。
居眠りしながら釣竿を揺らすKを見ていた熊さんが、踵を返して去っていきます。
まさかの不戦勝!
これがKの云うフォースの力なのでしょうか。
すげぇ…すげぇよジェダイっ!!
「S~!K~!」
安全圏まで熊が離れたことを確認し、私は大声で叫びながら野原へ飛び出します。
恐怖心から解放されて腰が抜けた状態になり、つまづいたり転んだりしながら慌ただしく駆け寄る私の姿を見た2人は、逆に驚いて、
「熊か―ッ!?」
と、あろうことか熊の去っていった方角へ走り出しました。
2002年夏。
かがり火で結果を張り不眠で夜を明かしながら、見栄なんて目をつぶるべきだと痛感。
エピローグ。
3人のその後―。
鎧―。
勤めていた新宿の会社が突然廃業。茫然自失で帰省。
短期バイトのつもりで入った会社になぜか定着。
嫌っていた軟弱者成り下がって現在に至る。
S―。
3浪した医大を漸く卒業…と思われたとき、突然の休学。そしてなぜか渡米。
私が帰省した頃は彼の実家も引っ越ししていて、間もなく音信不通に。
噂では国境なき医師団に入ったとか入らないとか。
K―。
映画監督を目指して挫折、漁師となったのは前述の通り。
その数年後25才の若さでバツ2になる。
不憫に思った私は、慰謝料弁済の苦労を一瞬でも忘れさせようとパチンコ屋、キャバクラ店へ連れて行きます。
…それが病みつきに。
~終わり~